
ドライビングシミュレーターによるタイヤ音シミュレーション
・はじめに
近年のドライビングシミュレーターは、大規模な物理ベース計算(physics-based simulation)を実行できる水準に到達し、実車に近い挙動や音響現象を再現できるようになっている。自動車開発においては、プロトタイプ車両を製造せずに仮想空間上にモデルを構築する「試作レス開発」が進展しており、開発期間短縮とコスト削減の両立が求められている。
音響開発の領域では、従来の統合的な騒音評価に加え、車両部位ごとの影響を分離して解析するアプローチが重要になりつつある。特にエンジン音のような広帯域かつ高音圧の音源と異なり、タイヤ音は発生メカニズム毎に周波数帯域が限定的であり、その発生機構も複雑であるため、高精度かつ詳細なシミュレーション手法が不可欠である。
・シミュレーションの3段階レベル
最先端のドライビングシミュレーターにおけるタイヤ音シミュレーションは、成熟度と適用目的に応じて3つのレベルに分類できる。
- Level 1:車内の計測音を信号処理して用いる
実車から取得した計測音を信号処理し、そのままシミュレーションに適用する方式。迅速に適用可能だが、実測データへの依存度が高く、設計へ反映しにくい。 - Level 2:部位からの伝達関数を用いる
車両部位の伝達関数を測定し、音源と伝達特性を分離して扱う方法。設計パラメータ変更の影響や要因分析が可能となり、工学的な知見を抽出しやすい。 - Level 3:CAEモデルのデータを用いる
構造・音響を含むCAEモデルを構築し、解析データを直接利用する手法。物理ベースかつ高精度だが、計算コストやモデリング工数が大きい。
・タイヤ音の分類と評価指針
さらにタイヤ音は、その発生メカニズムに基づき以下の3種類に大別される。
- タイヤ気柱共鳴音
- 目的:共鳴発生条件と共鳴周波数特性の抽出
- 手法:時間領域での伝達特性のモデル化
- 背景:空洞共鳴の励起メカニズムと路面入力タイミング
2. ロードノイズ
- 目的:タイヤ構造差異による一次共振モード・その他モードの車内音影響の評価
- 手法:複数路面条件におけるロードノイズ入力特性の評価
- 背景:構造共振解析および路面入力メカニズムの相互作用
3. パターンノイズ
- 目的:接地形状・トレッドパターン設計によるピッチハーモニック評価
- 手法:平滑路走行時の速度変化条件下での応答解析
- 背景:ブロック剛性、コンパウンド特性、リブ構造によるホーン効果
展望
「3つのシミュレーションレベル」と「3種類のタイヤ音分類」を組み合わせることで、評価目的・解析手法・工学的背景を体系化できる。これにより、
- 心理音響学的アプローチ(トーン聴感)を踏まえた空洞共鳴抑制に向けた内部構造最適化
- ロードノイズ低減を目指した構造設計指針の抽出
- パターンノイズ制御のためのトレッド設計・材料選定
といった設計上の指針を導き出すことが可能となる。
したがって、ドライビングシミュレーターを用いたタイヤ音シミュレーションは単なる評価手段にとどまらず、快適性向上と開発効率化の両立に寄与する戦略的ツールとして、自動車開発における重要性をますます高めていくと考えられる。