車室内を静かにする音響学

Yokohama Institute of Acoustics
Yokohama Institute of Acoustics
2025年10月7日

吸音メカニズムからシンサレート、そしてマツダ社のロードノイズ低減事例まで

はじめに

近年、自動車の静粛性は快適性を大きく左右する要素です。エンジン音が抑えられ、電気自動車も増える中、タイヤと路面の相互作用に起因するロードノイズ(低周波成分を多く含む)が相対的に目立つようになりました。この記事では、①吸音の理論、②高性能吸音材シンサレート、③マツダのロードノイズ低減事例の順に解説します。

① 吸音メカニズム ― 粒子速度と音圧の関係

1) 音の正体と「エネルギー散逸」

音は空気粒子の疎密で伝わる縦波です。吸音材は、繊維内部の粘性摩擦・熱伝導によって、音の運動エネルギーを熱に変えて散逸させます。イメージとしては、海岸のテトラポットが波のエネルギーを複雑な流れへと分散し、やがて小さく“疲れさせる”のと似ています(波を別の波で打ち消すのではない、という点が肝心です)。

2) 剛壁の定在波と1/4 波長のずれ

剛壁(硬い壁)で反射が起こると定在波が形成されます。

そのため次の現象が起こります。

* 壁面では音圧が最大、粒子速度はゼロ

* 壁から1/4 波長離れた位置で 粒子速度の腹(速度が最大)、音圧は最小。よって、音波の運動エネルギーである粒子速度が大きい位置に多孔質材を置くと吸音が最大になります。

(狙う周波数 ( f ) と背後空気層厚み ( d ) の関係は

(c:音速))

[理論]剛壁の定在波(Fahy, Foundations of Engineering Acoustics)

3) 軟壁/壁なし:進行波では同相

壁が柔らかい、または壁が無い場合は反射が弱く進行波となり、音圧と粒子速度は同相で動きます。この条件では「1/4 波長のずれ」は成立しません。

[理論]剛壁と軟壁での音圧と粒子速度の比較

4) 三次元場とZ 方向の要点

車室のような準拡散場では、寸法が短いZ 方向(高さ)低周波時の粒子速度が小さくなりやすいため、そこで粒子速度を“生む”工夫が低周波吸音の鍵になります。

5) 低周波は「二層構造的発想」で

低周波は波長が長く、単に吸音材の厚みを増すのは非現実的。

二層構造(質量–ばね–減衰)で粒子速度を増やし、散逸を起こすのが要点です。

代表例:

  • a) 多孔質+穿孔板(穴内空気=質量、背後空気層=ばね、多孔質=減衰)
  • b) アコースティックタイル(多数の小共鳴器で広めの帯域)
  • c) ヘルムホルツ共鳴器(ネック空気=質量、空気室=ばね;狙い撃ちの低周波)
  • d) パネル吸音体(板=質量、背後空気層=ばね;面全体で吸収)

  いずれも共鳴で粒子速度を大きくし、減衰で熱化させる仕組みです。

[設計]低周波を狙う二層構造の代表例(Thompson, Noise and Vibration Control I, ISVR lecture note, University of Southampton)

② シンサレート ― 微細繊維による高効率吸音

シンサレート(3M)は極細ポリエステル繊維が絡み合う素材で、

* 比表面積が大きい → 空気との接触面積が増え、粘性損失が大きい

* 空隙率が高い → 材内部での流れ抵抗と熱的損失が増える

  その結果、薄く・軽くても中高周波に高い吸音性能を発揮し、天井材やドア内張りに適します。

③ マツダ社の事例 ― 二層構造でロードノイズを制御

実験①:チューブ実験

Fig.1:チューブ実験の配置

スピーカから音を送り、吸音材を通過後の音圧をマイクで測定するチューブモデル(剛壁条件)を構成。L=43 cmの厚み条件では予測以上の吸音が観測され、厚みそのもの(背後空気層との組み合わせ)が二層的に作用して低周波で粒子速度の腹(速度が最大)を確保したと解釈できます。

Fig.2:チューブ実験結果

43 cm 条件で ΔSPL が理論値を上回る傾向を確認。厚層を均質 1 として扱う予測では捉えにくい、二層効果が示唆されました。

[実証]実験①:チューブ実験(萬・福原・加村「ロードノイズ吸音技術の開発」マツダ技法)

実験②:仮想二層空間

Fig.8–9:仮想二層空間での検証

チューブ実験での知見を拡張し、二層化したキャビンモデルで表面粒子速度と音圧を評価。250–500 Hz 付近音圧レベル低減を確認し、表面粒子速度分布の変化が低周波吸音に寄与することを実証しました。

[実証]実験②:仮想二層空間(萬・福原・加村「ロードノイズ吸音技術の開発」マツダ技法)

実車:ロードノイズ低減

Fig.12, 14, 17:実車適用

ヘッドライナー(天井材)を二層構造化して実車に導入。粒子速度計測とレーザービブロ計測の結果、ロードノイズの低減を確認。軟らかいヘッドライナー(A)は可動性+減衰により粒子速度を確保内部散逸を増加音圧レベル低減、剛性の高いもの(B)より低周波抑制効果が大きいことが示されました(図:表面振動特性/耳位置SPL)。

[実証]実車:ロードノイズ低減(萬・福原・加村「ロードノイズ吸音技術の開発」マツダ技法)

結論

  • 理論:剛壁条件では 1/4λ の位相関係が成立し、粒子速度の腹(速度が最大)に多孔質材を配置すると吸音が最大化する。ただし低周波では厚みが現実的でない。
  • 設計:そこで二層構造(質量–ばね–減衰)で粒子速度を“生み”、薄い構造で低周波を狙う。
  • 素材:シンサレートのような微細繊維材は中高周波で有効かつ軽量。
  • 実証:マツダ社は軟壁+二層構造Z 方向の粒子速度を確保し、ロードノイズ低減を達成した。

参考文献

* Frank Fahy, Foundations of Engineering Acoustics, Academic Press (2000)

* David Thompson, University of Southampton, ISVR, lecture note Noise and Vibration Control I

* 萬 菜穂子・福原 千絵・加村 孝信,「ロードノイズ吸音技術の開発」,マツダ技法,2008

* 3M Thinsulate(シンサレート)各種技術資料

説明動画

視覚的に理解できるように説明動画を用意しました。あわせてご視聴ください。

YouTube動画

車室内を静かにする音響学ー波動方程式からマツダ社のロードノイズ低減まで

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